手間暇と時間をかけて自然の力が酢をおいしくしてくれる
- 文:石原由加里 写真:高杉亮
- VISON編集部
2022/12/20
木桶でじっくり醗酵させる伝統的な酢づくり
木桶を使った昔ながらの方法で酢をつくり続けている「
メイン商品は、酒粕赤酢「朱音(あかね)」、酒粕白酢「月下(げっか)」、玄米黒酢「玄(しずか)」の3種類。これらの酢に果汁を加えた& vinegarをはじめ、寿司酢、ドレッシング、酢で漬けた梅干しなど多彩な商品がそろう。ビネガードリンクや赤酢入りソフトクリームといったテイクアウトメニューも人気だ。
店内ではガラス越しに醗酵工程を見ることができ、タイミングが合えば、職人が作業している姿が見られることも。「多気蔵」と名づけられたこの醗酵室でつくられているのは、赤く熟成した三重県多気町製造の酒粕を原料とした酒粕赤酢。さらに、その赤酢を炭で濾過して色と香りを吸着させた透明の赤酢をMIKURA Vinegaryでは酒粕白酢と呼ぶ。
玄米黒酢は南牟婁郡御浜町にある「御浜蔵」でつくられており、この場所では、原材料となる玄米酒づくりから手掛けている。
MIKURA Vinegaryに設けられた、酒粕赤酢の醗酵室「多気蔵」。
酢は醗酵食品であり、その材料は酒である。そのため、酒の原料が「どんな酢になるか」を決める。酒を酢に変える「酢酸菌」は大気中にも存在しているので、原理的には、アルコールを放置しておけば酢ができる。現在広く流通している食酢の多くは、タンクの全体に空気を送り込んで細かい泡を発生させ、空気に触れる部分を増やすことで醗酵を促す「機械速醸法」「全面醗酵法」と呼ばれる方法でつくられており、この方法だと、材料を投入して半日足らずで酢を製造することができる。
多気蔵でつくられている酒粕赤酢の材料は、熟成の酒粕とアルコール、種酢の3つ。アルコールを補填する理由は、酒粕のみでは残存アルコールが少ないため。酒粕赤酢は、液体が空気に触れている表面のみで醗酵が進む「表面醗酵法」でつくられており、木桶の蓋の下のわずかな空間で酸素を取り入れ、液体の中にいる酢酸菌がアルコールを分解する。液体の表面に浮く「酢酸膜」は、醗酵が進行している合図だ。
「手間暇をかけているとは言うけれど、酢酸菌だけが活動しているとも言えますね」と、職人は笑う。時間と自然の力が、コクのあるまろやかな味わいに仕上げてくれる。
MIKURA Vinegaryを手掛けるのは、株式会社トーエー代表取締役の伊藤志乃さん。2016年にまったくの異業種から酢の会社を受け継ぐこととなり、販路の拡大や商品開発、リブランディングを図ってきた。出店までの背景や、MIKURA Vinegaryへの思いをうかがった。
この場所から、ライフスタイルの発信を
ーー店内の商品はすべて味見ができるんですね。
伊藤さん:会社を引き継いだ当時、大量生産で安価な商品が多いお酢業界において、知名度の低いお酢メーカーの商品をどう売ればいいのかと頭を悩ませました。そんなとき地元のマルシェに出店できる機会をいただき、まずはお客さまにわたしたちの商品を知ってもらうための工夫をしなければと、全種類の味見を用意したところ、多くのお客さまに興味を持っていただけて。それが今に続いています。
店に足を踏み入れたら醗酵しているお酢の香りを感じられ、さまざまな種類のお酢の味を試すことができる。そうした点は、VISONが掲げている「体験・体感できる場所」を実現できているのかなと思います。
株式会社トーエー代表取締役の伊藤志乃さん。2016年にMIKURA Vinegaryの前身となる会社を引き継いだ。
MIKURA Vinegaryでは、店内すべての商品を味見できる。
ーーVISONに出店されるきっかけは。
伊藤さん:構想段階でお声がけをいただいたものの、わたしたちの会社規模を考えると不相応だとずいぶん迷いました。それでも立花社長は何度も足を運んでくれ、とうとうその熱意に根負けしました(笑)。日本の伝統食材や食文化について学んで体験する、という「和ヴィソン」のコンセプトへの共感もありましたし、こんな小さな会社を見つけてくれたという感謝の思いが最後は背中を押しました。
わたしがお酢の会社を引き受ける前、立て続けに5人の社長が交代しているのですが、もし誰かが会社をたたんでいたらわたしがこの仕事に携わることはありませんでした。お酢の会社を経営することになったのも縁があってのことですし、VISONもその延長線上にあるのだと思っています。
ーー醗酵室、木桶へのこだわりを教えてください。
伊藤さん:出店を決めたときから、せっかくならば製造工程を見てもらえる施設にしたい、と思っていました。VISONの醗酵室には3台の木桶がありますが、真ん中の木桶は明治から続く三重県の古いお酢メーカーから譲っていただいたもの。長年使われてきた木桶には酢酸菌がたっぷり住みついているので、新しい蔵をつくるときにはとても頼りになる存在です。左右の2台はVISONオープンに合わせて四国の杉の木を切り、竹の旬の時期を選んで箍を編んでもらいました。新桶のためうまく酢酸醗酵が進むか心配でしたが、以前より使っていた木桶の蓋に棲みついている酢酸菌も手伝って最初から順調に醸造をおこなうことができました。同じ場所でつくっていても、気温や天気、職人のコンディションによっても醗酵の進み方が変わるので、まったく同じ味にはなりません。それが手づくりのおもしろさ、旨味だと思っています。
店舗の前でお客さまを出迎える大きな桶も、同じお酢メーカーに譲っていただきました。桶には「昭和14年」との表記があり、聞くと、もとは酒蔵で使われていた桶だそうです。わたしにとってこの木桶はお守りのようなもの。この桶で酒や酢をつくってきた先人たちの思いや、戦火をくぐり抜けた歴史に、生命力とパワーを感じます。
ーー製造過程を実際に見ると、商品価格はとても安いと感じます。
伊藤さん:MIKURA Vinegaryのお酢は、手間暇がかかるうえ、量産はできません。例えば酒粕赤酢に使用している酒粕は、3年間寝かせたもの。玄米黒酢の場合、自社で麹米つくりからはじめて濁酒、玄米酒をつくり酢酸醗酵をおこなうので二度の醸造が必要です。けれど、寝かせた時間を価格に転嫁はできないし、手間の分お酒より高く価格設定したとしても買ってはもらえません。じゃあなぜこの商売を続けるのかと聞かれたときに、伝統製法を守りたいとかそんな大きな話ではなくて、やはり「おいしい」と言われることがうれしいんですね。あくまでもわたしたちは食品会社ですから、お客さまに選ばれる商品をつくっていくことが存在意義だと思っています。
ーーこれからの展望をお聞かせください。
伊藤さん:まだまだ知名度がなく認知されていないので、まずはMIKURA Vinegaryというブランドがもっと広く知られることをめざしています。VISON、そしてMIKURA Vinegaryは、ライフスタイルの提案ができる場所。これからもお酢を通じて醗酵食品の素晴らしさや楽しみ方を知ってもらい、食生活に取り入れるヒントを伝え続けていきたいですし、そうした発信のなかで、MIKURA Vinegaryのファンを増やしていけたらと思っています。
また、最近はVISONのお店とコラボレーションした商品を開発したりと、横のつながりも増えてきました。VISONという唯一無二の場所を生かして、さまざまな取り組みにチャレンジしていきたいですね。
MIKURA Vinegaryのアイテムは、ギフトにもぴったり。