
忘れていた時間を、もう一度。HOTEL VISON × 彫刻家・野原邦彦
- 文:高井 翔 写真:小吹 梨絵 VISON編集部
2026/02/12
HOTEL VISONに現れた木彫
水中メガネをかけ、雲のような帽子をかぶった人物が、静かにこちらを見ている。 HOTEL VISON のロビーに、彫刻家・野原邦彦さんの作品が置かれたのは、つい最近のことだ。
窓の向こうには、多気の山並みが広がっている。VISONの敷地を覆う森は、スギやヒノキの植林ではなく、多様な木々が自生する原生林だ。季節ごとに異なる表情を見せる緑のなかに、野原さんの木彫はごく自然に溶け込んでいる。
「景色が大きく見える窓のそばに置くのが好きなんです。見え方が変わってくるので。都会でも自然でも、浮遊感が出るというか」
野原さんはそう語る。美術館やギャラリーのように、作品を「鑑賞する」ための場所ではない。人が泊まり、食べ、くつろぐための場所。そこに置かれた彫刻は、訪れる人の時間にそっと溶け込んでいく。
回廊の棚には小さな作品群が並んでいた。チョコレートの池に浮かぶ動物たち、四季の雲をまとった抹茶盆栽、カプチーノの泡に包まれた人物。思わず足を止めて覗き込むと、子供の頃に大切にしていた何かを、ふいに思い出しそうになる。これらの作品は本来、台座にまとまって展示されるものだという。「ここは長い回廊なので、ちょっと離して置いて」と野原さん。ホテルという空間にあわせて、作品はさりげなく、けれど確かな存在感を持ってそこにある。
日常の記憶を、木に刻む
野原邦彦さん。1982年北海道生まれ。アートフェア東京やArt Miami、ART TAIPEIなど、国内外で注目を集める彫刻家だ。アートフェアへの出展をはじめ、リッツ・カールトン東京での個展「Floating moment」、世界遺産・二条城での「artKYOTO」など、第一線で活躍を続けている。
作品に繰り返し登場するのは、チョコレート、プリン、カプチーノ、水中メガネ——誰もが子供の頃に心を躍らせたモチーフばかり。好きなおやつを聞くと「ダントツでチョコレート。一択です」と即答し、プリンについても「お皿にポコンとなって、富士山みたいになってるのがすごい好き」と、少年のような笑顔で語る。
意外なことに、彫刻を志したきっかけは偶然だったという。高校時代は美術の教員や学芸員を漠然と目指していたが、大学受験の過程で「触れられるものに興味を持ち出した」。ソファを作りたいと思い立ち、デザイン科、工芸、陶芸と模索するうちに、日程と倍率の都合で彫刻科にたどり着いた。
「たまたま彫刻に入ったみたいな。だから、入学したあとも、そんなにやる気もなくて」
転機は木を彫ったことだった。祖父が大工で、幼い頃から木に触れる機会が多かった。学校で描いた絵や漫画を持ち帰ると、祖父が額を作ってくれた。父親も趣味で油絵を描いていた。偶然の連続が野原さんを木の前に導き、ノミを握ったその手が離れなくなった。
「木を彫ってからですかね。ものづくりを続けていきたいって思ったのは」
忘れていた時間を思い出す
——作品を通じて、何を表現されているのでしょうか。
「日常の延長になってるかな、っていう感じですかね。ふとした瞬間の記憶だったり、感情だったりを大切にしたいなと思って。日常的なものって、人にとって永遠な気がしますし。何かの時にふと思い出す、自分を救うような時間。そういうのを表現できたらいいなと。基本的には、自分のための時間をストックしている感じです」
時間を、ストックする。静かだが確信のある言葉だった。
そのインスピレーションの源は、11歳になる娘さんの存在だという。2歳の頃から毎年、等身大の作品を作り続けている。
「子供を見ていると、自分の忘れていた記憶がよみがえるんですよね。あ、自分もこういうことあったな、こういう時間って大切だったなって。見慣れた世界が全然違って見えるとか、ワクワクするとか。大人になると、なかなかやってこない時間ですよね」
娘さんが白くまの傘を「ウサギ」と呼んで気に入っていた姿を見て、ウサギのモチーフが生まれた。3歳の子供にとって「白くて耳が生えていたらウサギ」。その自由な想像力が、野原さんの手を通じて作品になる。部屋の中でピクニック(おままごと)をするとき、花柄のハンカチを敷いて「お花畑」と呼んだ。大人の目にも本当にお花が咲いているように見えるのだという。
——水中メガネには、どんな意味が込められていますか。
「一枚フィルターがあるとちょっと安心するんですよね。自分を守る部分をこの水中メガネに託しています。あと、見る人も顔が隠れていることで自分に置き換えやすくなる。入り口みたいなものですかね。子供のモチーフは、大人が『うちの子に似てる』って、それぞれが解釈してくれる。ひとつの入り口になるなら、それでいいのかなって」
顔が見えないからこそ、誰にでもなれる。作品の前に立つ人が、自分自身の子供時代を重ねたり、わが子の笑顔を思い浮かべたりする。野原さんの彫刻は、見る人それぞれの記憶に語りかけるための「余白」を、あえて残している。
星空と、海女料理と、もう一杯
VISONを訪れるのは今回が初めてだという野原さん。前日の夜に到着し、そのまま食事へ向かった。
——昨日はどちらで召し上がったんですか。
「海女料理ですね。アワビとか、伊勢海老とか、牡蠣とか。多分フルコースいただきました。お酒もすごく美味しくて。最高ですね、三重」
食事のあとも、海女小屋で杯を傾けた。
——海女小屋で。
「星の風景だけ見て」 たった一言に、その夜の豊かさが凝縮されている。だがVISONの夜はそれだけでは終わらなかった。
「夜入ったほうのお風呂は露天が広くて、水鏡になってるお風呂で。月もすごく綺麗に見えてて。本当最高な時間。」
そして翌朝。
「朝のお風呂の、あの幻想的な景色もすごかった。今回すごく自分にとって影響の大きい時間を過ごさせてもらったなって。もうちょっといたいなって思っちゃいました」
山あいの静寂のなか、満天の星を眺めながら杯を傾ける夜。水鏡の湯面に映る月。朝の幻想的な光に包まれる露天風呂。予定を詰め込むのではなく、目の前の食と自然にただ身を委ねて、その瞬間を味わう。VISONが提供するのは、まさにそういう時間だ。
野原さんの作品が「日常のなかの大切な時間」を表現しているとすれば、 VISONはその時間を実際に体験できる場所だと言えるかもしれない。創造性や直感力を取り戻すための時間について聞くと、こう答えてくれた。
「大事にしてますね。でも最近なかなかそういう時間が取れなくて。東京に住んでいると何もないんで。積極的に作らないといけない。本当そういう時間はすごく大事にしてますね」
日々の制作に追われる彫刻家が、ここで過ごした一夜を「自分にとって影響の大きい時間だった」と語る。その言葉は、VISONという場所が持つ力を、何よりも雄弁に物語っている。
アートがある場所に、会いに行く
HOTEL VISONのロビーと回廊に置かれた野原さんの作品は、美術館やギャラリーでの展示とは異なる時間の流れのなかにある。チェックインの際にふと目にとまる。朝食に向かう途中で足を止める。夜、部屋に戻る前にもう一度眺める。滞在のなかで繰り返し出会うたびに、作品の見え方が少しずつ変わっていく。
——こうしたホテルで、人が訪れる場所に作品が飾られることについて、どう感じていますか。
「自分が思ってるコンセプトみたいなものが、少しでも伝われば嬉しいですけど、単純に楽しいとか、ホッとするとか、忙しい時間を忘れるとか。そういう感覚に繋がってくれたら一番嬉しいですね」
そして、こう続けた。
「誰かの家に置かれている作品は、その人だけのもの。でもこういう場所に置いてもらっているからこそ、人の数だけそういうきっかけが生まれる。それはとても素敵なことだなと思います」
人の数だけ、きっかけが生まれる。ある人にとっては、子供の頃の記憶を思い出す瞬間かもしれない。別のある人にとっては、わが子の笑顔を重ねる時間かもしれない。あるいは、忙しい日常をふと忘れるひとときかもしれない。
日常を離れた空間で、日常の記憶に出会い直す。野原さんの彫刻は、HOTEL VISONの風景の一部となって、訪れる人に静かに語りかけている。
「そういう景色を見るようなきっかけにでもなれればいいな、と思いながら作ってます」
忘れていた時間を、もう一度。それはきっと、ここでしかできない体験だ。